2016年1月

地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。                                             イザヤ書45の22

「キリスト教の何が気に入らないかと言えば一神教だからだ。だから争いも多い。そういう狭い神観念は日本人には合わない。もっと大きな気持ちで他の神々を認めないといけない。神様はみんなの神様だから」

 

もっともなご意見だが、私は一神教だから争いが起こるのではないと思う。むしろ沢山の神々が争いの原因になっていると思う。

唯一の神様を本当に信じるなら争いはなくなると思う

『キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。

また、感謝の心を持つ人になりなさい』(コロサイ3:15)

 

「あなたの信じている神様も私が信じている神様も同じなの、じゃあ一緒だね」「当たり前でしょう。神様は唯一だから」

もうこうなると争いなんてなくなる。

 

『私たちは、世の偶像の神は実際にはないものであること、また、唯一の神以外には神は存在しないことを知っています。なるほど、多くの神や、多くの主があるので、神々と呼ばれるものならば、天にも地にもありますが、私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、全てのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。しかし、すべての人にこの知識があるのではありませ』(第一コリント8:4-7)

 

神様とはどんな御方か。聖書はこう教える

『ただひとり死のない方であり、近づくこともできない光の中に住まわれ、人間がだれひとり見たことのない、また見ることのできない方です。誉れと、とこしえの主権は神のものです』(第一テモテ6:16)

 

この神様が人となって私たちの世にお生まれくださった。それがイエス・キリスト様。クリスマスの大いなる出来事になる。

イエス様は神様だから罪人を救うことができる。イエス様が人となって私たちの中においでくださった。だから私たちの罪の身代わり、贖いとして十字架で死ぬ事が出来た。

 

『キリストは世の始まる前から知られていましたが、この終わりの時に、あなたがたのために、現われてくださいました』『第一ペテロ1:20』

この方こそ、私たちの罪のための、――私たちの罪だけでなく全世界のための、――なだめの供え物なのです。(第一ヨハネ22)』

 

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